青森県

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青森県
あおもりけん 地方 東北地方 団体コード 02000-1 ISO 3166-2:JP JP-02 面積 9,644.21km²
総人口 1,379,828
推計人口、2010年2月1日) 人口密度 143人/km² 隣接都道府県 北海道秋田県岩手県 県の木 ヒバ 県の花 りんごの花 県の鳥 ハクチョウ 他のシンボル 県の魚 : ひらめ
県民の歌 : 青い森のメッセージ 知事 三村申吾 青森県庁 所在地 〒030-8570  青森県 青森市長島一丁目1番1号
外部リンク


特記事項 :

■ ― 市 / ■ ― 町・村
青森県旗(中央は県章) ウィキポータル 日本の都道府県/青森県 Template (ノート 解説) 都道府県ポータル

青森県 (あおもりけん)は、日本本州最北端に位置する地方公共団体である。県庁所在地青森市。都道府県人口は全国28位、面積は全国8位である。令制国の陸奥国で構成される。

目次

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青森県は東北地方の北部に位置する本州最北端にの県である。県庁所在地は青森市。県の人口は1,381,946人(2009年11月1日現在)で、総人口の約1%を占め、県面積は6094km²で、国土の約2.5%を占める。県内の市町村数は40で、うち市は10、郡は8、22の町と8の村がある。県人口の52%は青森市八戸市弘前市に居住する。

南に岩手県秋田県が隣接し、津軽海峡を渡った北に北海道が位置する。東に太平洋、西に日本海が面する。

世界遺産白神山地を有し、景勝地十和田湖をはじめ八甲田山岩木山、下北半島の仏ヵ浦などの自然環境が数多く残されている。青森県の中央部には奥羽山脈が縦走し、西側の津軽地方と東側が南部地方(三八地方・上北地方・下北地方)ではそれぞれ異なる歴史や気候、文化、風土をもつ。

青森県は全国有数の農業産出県であり、食料自給率はカロリーベースで118%である[1]。主要な出荷品目はりんごナガイモにんにくが全国一の生産量である。漁業においても全国有数の水揚高を誇る八戸港があり、サバイカが国内一の水揚げがあり全国に出荷されている。

県南部では国策で建設された八戸臨海工業地帯があり、火力発電所、製紙工場、電気機器工場、造船所及びその関連産業が立地する。

下北半島ではむつ小川原湖周辺に国家事業の原子力関連施設の建設が続いている。核燃料サイクル施設や国際原子力機関のITER関連施設、原子力発電所が立地し、県内主要企業の日本原燃が本社を置く。他に、県内には国内で最大級の風力発電施設がある。

県内には、陸・海・空の自衛隊基地が配備され、さらにアメリカ空軍が駐留するなど重要な防衛拠点が集中している。三沢市にアメリカ軍三沢基地及び航空自衛隊三沢基地。青森市、弘前市、八戸市に陸上自衛隊駐屯地。八戸市に海上自衛隊八戸航空基地があり、国土の安全を守っている。

交通インフラは整備されつつある。空港は青森空港三沢空港。主要鉄道は東北新幹線東北本線奥羽本線津軽海峡線青函トンネルにより北海道と結ぶ)。主要道路は東北縦貫自動車道弘前線及び八戸線(八戸自動車道)、国道国道4号国道7号が青森市を終点にして通る。また、青森港、八戸港から北海道を結ぶカーフェリーや八戸港から国際コンテナ航路が就航している。

他方で、国内の産業構造の転換に伴う製造業不振や公共事業の減少、中小零細企業が多く、非正規労働者の割合が高いといった構造上の問題で、県内の経済環境は非常に厳しい。県の失業率は5.9%(2008年)でワースト2位[2]。県民の平均年収は247.6万円(現金付与額)でワースト2位[3]。青森県の最低賃金は633円で全国値より低く(国内加重平均は713円)[4]、有効求人倍率も沖縄県と同様の国内最低水準の0.28倍である[5]。この影響で、県では2005年から2008年までに転入から転出を引いた年平均が-9,263人で転出超過状態にある[6]。中でも若年層の転出が多く、特に高校卒業後、大学進学者の64.8%、就職者の54.3%、その他短大生も含め約5600人の若者が県外へ流出している[7][8][9]また、本県の22歳の転出は2270人で高校卒業時の18歳に次いで多い[10]。2009年の20歳から24歳までの転出者7118人のうち60.7%は他県への就職を理由に、青森県を去っている[11]

また、県の財政面において独自財源が36.9%(1385億円)しかなく多くを依存財源に頼っており、先の地方交付税削減の影響で、より厳しい財政運営を強いられている[12]

明治4年9月に当時弘前町に設置されていた県庁が青森町に移設された際に、県庁所在地の地名がそのまま採用されたものである。「青森」という地名は、江戸時代に弘前藩が現在の青森市の場所に港町の建設を始めたときに名付けられたもので、現在の青森市本町付近に海上からの目印になる青い森があったことが由来とされている。


2001年5月30日地球観測衛星テラ搭載のMODISセンサにより撮影

県中央部の陸奥湾を東側の下北半島と西側の津軽半島が取り囲む県の形は、県章にそのまま図案化されており、その特徴的な形や本州最北端の位置関係から、全国的な認知度は高い。(財)総合初等教育研究所が平成19年に小学5~6年生を対象に実施した「社会についての基礎的知識の習得に関する調査」では、北海道・沖縄県と並び、9割以上の小学生が白地図上の青森県を認知している結果となっており、帝国書院が平成14年に小学生、平成16年に中学生を対象に実施した都道府県名認知度調査においても、北海道・沖縄県・青森県の3道県が他都道府県に比べ突出した認知度を有する結果となっている。

十和田八幡平国立公園
下北半島国定公園津軽国定公園
浅虫夏泊県立自然公園、大鰐碇ヶ関温泉郷県立自然公園、種差海岸階上岳県立自然公園、名久井岳県立自然公園、芦野池沼群県立自然公園、黒石温泉郷県立自然公園、岩木高原県立自然公園、赤石渓流暗門の滝県立自然公園
日本海側気候の地域(2:青色)
太平洋岸気候の地域(緑色)

*県内全域が豪雪地帯。その内一部地域は特別豪雪地帯。

深浦 気象庁 深浦 青森 気象庁 青森 むつ 気象庁 むつ 八戸 気象庁 八戸


今から約1万2000年前になるとものを貯蔵・煮沸する容器として土器が考案された。津軽半島の蟹田町(外ヶ浜町に合併)にある大平山元Ⅰ遺跡では無文土器や局部磨製石斧が出土し、生活の様相が大きく変わった。 縄文時代の遺跡として、三内丸山遺跡亀ヶ岡遺跡是川遺跡などが現在までに発見されている。これらの遺跡には豊富な土器・広い集落、また他地方のものと思われる遺物が発見され、文化・経済などの面で周辺にも強い影響を与えていたと考えられている。

また、弥生時代前期の水田跡遺跡として知られる砂沢遺跡や中期後半の垂柳遺跡が発掘されており、コメの栽培が行われたことが確認されている。ただし弥生時代中期に稲作は衰え、大幅な人口流出があったものと考えられている。

畿内でヤマト王権が成立し、東国を含め日本列島各地では在地勢力やヤマト王権の影響を受けた勢力よる古墳の築造が開始されるが、同地域では前期古墳以来の前方後円古墳は見られず、律令制国家成立期の終末期古墳が多数存在する。この古墳は小規模な円形墳丘の中に石室を造ったり墓壙を掘っている。その周りを1メートル強の幅を持つ周溝で円形に取り囲んでいる。7世紀から9世紀にかけて東北北部や道央部にまで達している。

大和政権が本州・四国・九州のほとんどの地域を勢力下に治めた後も同地域は統治領域外にあり、蝦夷(エミシ)と呼ばれる人々が独立性を保って居住していた。こうした事情もあって当時の同地域を考察するための文献資料が余りにも少なく、今後の発掘調査の成果が待たれる部分も大きい。

9世紀には、陸奥出羽按察使征夷将軍文室綿麻呂が、爾薩体の蝦夷を平定したという記録がある。

  • 「爾薩体」は、岩手県二戸郡・九戸郡から青森県三戸郡にあたる地域を指すと考えられている。青森県では従来「にさて」と読まれることが多かった。「にさたい」「にさったい」とも読まれる。岩手県二戸市に「仁左平(にさったい)」という地名がある。かつては「爾薩体」と表記されており、古代の「爾薩体」につながると考えられる。

ところが津軽安藤氏は鎌倉時代末期に内訌を起こして(津軽大乱)勢力を後退、また、南北朝時代の到来に当たっては北朝側につき、現在の岩手県南部から青森県東部の内陸部に勢力を持ち始めた南部氏は南朝方についたために同氏と対立、抗争した。情勢は南部氏有利に進み、安藤氏は蝦夷が島に駆逐された。南部氏は海上交易にはあまり力を入れず、安藤氏によって繁栄した各港は衰退した。一方、室町時代半ばには津軽地方では浪岡を中心に北畠氏浪岡氏)が大きな勢力を誇った。

15世紀半ばに安藤氏を駆逐した南部氏は大きく勢力を拡大、16世紀半ばには津軽・下北・糠部地方一帯の広い領土を支配し、「三日月の丸くなるまで南部領(領土が広いために南部領を進んでいるうちに三日月が満月になってしまうということ)」と讃えられた。しかし、16世紀後半になると南部氏の一族の大浦為信(津軽為信)が他の南部氏の諸城を落城させ、津軽地方、外ヶ浜、糠部の一部を支配した。為信とその子信牧の二代をかけて弘前城の築城、同地への城下町の建設、羽州街道岩木川の整備などが行われた。大浦家の本性は源氏で対外的には南部と名乗っていたが為信の代に藤原氏に鞍替えし、苗字を津軽とした。一方東部は三戸南部氏の領地となった。

江戸時代には主に盛岡藩8万石(後に20万石に高直し)と弘前藩4万5千石(後に10万石に高直し)が現在の県域にあたる地域を支配した。ほか、盛岡藩の支藩として八戸藩2万石、七戸藩1万石そして弘前藩の支藩として黒石藩1万石があった。いずれの藩においても最北の地にあるため飢饉の際に大きな被害を受けたが、下北地方では餓死者がほとんどいなかった。江戸時代においても青函海峡沿いにアイヌ人がいたと伝えられている。

戊辰戦争時、弘前藩も盛岡藩も当初奥羽列藩同盟に属していたが、途中で弘前藩は官軍に寝返った。戦後、盛岡藩は大幅に石高を減らされ、その跡に斗南藩が置かれ、もと会津藩の松平家が3万石で入った。

明治4年7月14日(1871年8月29日:以後新暦で記載)に廃藩置県の詔が発せられ、現在の青森県域には、旧藩を引き継いだ弘前県(弘前藩)、黒石県(黒石藩)、斗南県(斗南藩)、七戸県(七戸藩)、八戸県(八戸藩)が成立したが、同年9月4日にはこれら5県と北海道渡島半島に成立していた館県(館藩)の6県が合併し、弘前県が成立している。この時点での県庁は弘前に置かれている。

しかし、翌日の9月5日に野田豁通(ひろみち)が初代県大参事に任命され、19日後の9月23日に県庁を弘前から青森に移転し、県名を青森県とすることが決定されている。

また、県庁移転について、当時県内で突出した都市だった弘前から一港町に過ぎなかった青森に移転されたものであるが、野田が県大参事に任命された折、大蔵省に対し21項目に及ぶ伺をたてており、その1項目目にある県庁の位置についての意見が結果的に採用されたものである。その内容は、6県合併による県土は現在の青森県域に北海道渡島半島の一部と岩手県二戸地方が含まれたものであり弘前県庁では地理的位置が偏っていること、弘前県庁では旧藩の古い慣習にとらわれてしまうこと、青森の港湾の将来性が見込まれること、となっている。これは、野田が戊辰戦争時に当地に半年近く滞在しており地勢に明るかったことから、着任早々にもかかわらずこれだけの見解を持っていたと言われている。

なお、当事者であるはずの弘前において、6県合併や県庁移転について、特に関知していたような記録はなく、穏便に進められている。しかし、県庁についてはその後いくどか弘前移転に関する陳情がなされているものの、そのまま現在に至っている。

東北地方の人口の推移1920-2005 (国勢調査) 青森県の人口の推移及び将来予測1920-2035 (国勢調査,国立社会保障・人口問題研究所 青森県年齢3区分推移1920-2005及び将来予測2010-2035 (国勢調査,国立社会保障・人口問題研究所 青森県人口動態1975-2009

1920年(大正9年)東北地方では最も少ない75万人であったが、その後は増加傾向が続き、1940年(昭和15年)に100万人を超えた。1955年に秋田県山形県の人口を上回り、1965年に岩手県を超えて東北地方では宮城県福島県に次いで3番目の人口規模になった。

1983年(昭和58年)、青森県の人口は過去最高の152.9万人に達した。しかし出生数の低下と転出者の増加により1983年から人口減少が始まり、その後再び人口が増加に転じる事はなく、2000年(平成12年)に147万人、2005年(平成17年)に143万人に減少した。

2009年11月現在の県の推定人口は138万人で、ピーク時より15万人減少した。特に2000年以降はからは合計で9万人減少し、人口規模は1955年の水準にまで低下している。

国立社会保障・人口問題研究所によると2020年までに126万人、2035年までに105万人に減少すると予想されている[13]

  • 総数 1,382,517人
  • 年少人口(0歳〜14歳) 178,828人 12.9%
  • 労働人口(15歳〜64歳)852,035人 61.6%
  • 老年人口(65歳〜)351,374人 25.1%
従属人口指数(2009)[14]
  • 総数 62.2%
  • 年少人口21.0%
  • 老年人口41.2%
  • 老年化指数 196.5%
平均年齢(2009)
  • 平均年齢 46.5歳 (男性44.4歳 女性48.4歳)
  • 青森県全体 1.34
  • 全国平均 1.37(2008年)
青森県と全国の年齢別人口分布 青森県の年齢・男女別人口分布 ■紫色 ― 青森県
■緑色 ― 日本全国 ■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 1980年 1,523,907人 1985年 1,524,448人 1990年 1,482,873人 1995年 1,481,663人 2000年 1,475,728人 2005年 1,436,657人 総務省統計局 / 国勢調査2005年

青森県の転入超過率は全国で最も低い水準である[15]

  • 2005年 -0.50%(全国46位)
  • 2006年 -0.66%(全国47位)
  • 2007年 -0.73%(全国47位)
  • 2008年 -0.67%(全国47位)

転入超過率とは「県内への転入者」と「県外への転出者」の比率。マイナスは転出超過を表す。

青森県転出者総数 29,494名[16]
  • 東京 5308名(18.0%)
  • 宮城 3539名(12.0%)
  • 神奈川 3273名(11.1%)
  • 埼玉 2271名(7.7%)
  • 北海道 2241名(7.6%)
年齢別県外転出入の状況 青森県2009年

青森県では、ほとんど全て年齢で転出超過になっている。特に若年層の人口流出が他の年齢層に比べ非常に顕著である。 右の図に示すように特に高校卒業の18歳、20歳、大学卒業後の22歳の転出が多く、転出超過が他の年齢層に比べ顕著である。青森県教育委員会の高校生を対象にした進路調査によると、大学進学者の64.8%、就職者の54.3%が県外へ転出する。また、本県の22歳の転出は2270人で高校卒業時に次いで多い。青森県全体の転入超過率においても全国の中で最低であり、すなわち全国一の転出超過県である。2005年から2008年までの転入から転出を引いた差は毎年平均で-9263人以上になる。

若年層に限ると、毎年3月から4月にかけて高校卒業と同時に就職、進学などで約5600人の若者が県外へ流出している。2009年の20歳から24歳までの転出者7118人のうち60.7%は他県への就職を理由に、青森県を去っている。他の年齢層は転勤の理由が一番多い。

青森県は農林水産業、いわゆる第一次産業の割合は全国でもトップクラスであり農業が非常に盛んな県である。その一方、製造などに関わる第二次産業は弱く、求人倍率や県民所得は低迷し、人口減少率は高い問題を抱えている。

県内総生産
青森県の県内総生産(名目)は4兆6238億8600万円で、全国第28位(平成18年度)。産業別生産額とその構成比は、第一次産業が2039億7900万円(4.2%)、第二次産業が1兆1308億4800万円(23.5%)、第三次産業が3兆4703億6100万円(72.2%)となっている。全国に比べ、農林水産業の比率が高く、製造業の比率が低い。
県民所得
県民所得は3兆4752億円。一人当たり県民所得は244万3000円で、全国第37位(平成18年度)。
就業者数
青森県労働状態(国勢調査)
就業者数は68万5401人(平成17年国勢調査)。産業別就業者数とその構成比は、第一次産業が9万5725人(14.0%)、第二次産業が14万6847人(21.4%)、第三次産業(分類不能を含む)が44万2829人(64.6%)となっている。第一次産業就業者比率は全国で最も高い。

青森県は国内でも有数の生産高を誇る農業生産地の一つである。 平成18年農林水産統計によると、農業産出額は2,885億円。食料自給率は118%(カロリーベース:概算値)であり、北海道や岩手県、秋田県、山形県などと共に、自給率100%を超える数少ない県の一つである。津軽平野、南部平野 と、山岳に富んだ地形であり、地域によって気候が大きく異なっているため、地域特性にあった農業が営まれている。 野菜生産額全体では、平成15年全国で14位。東北では10年連続第1位。

青森県はリンゴの生産地であり、日本産リンゴの約半数が青森県産である。フジりんごがとても有名。糖度は、14~16%であり、とても甘くなっている。保存期限がとても長く、室温では4か月冷蔵では7カ月もつ。リンゴ栽培は生産量日本一の弘前市を中心とする津軽地方で盛んだが、三戸郡上北郡を中心とした南部地方でも行われている。中国、台湾等に高級果物として輸出されている。

日本国内では唯一の産地である。

農業、水産業が盛んなため、その産物を利用した食品加工業が盛んである。

県南の八戸市は県内で一番工業が盛んであり、三菱製紙大平洋金属などが操業、八戸セメントでは同市内にある八戸鉱山から採掘した石灰石を利用したセメントを製造している。 他に、県内各所で精密機械関係も盛んになってきている。

  • 水力発電:県内には総出力10,000kw以上の発電所が5箇所立地している。
    • 立石…1939年(昭和14年)5月運転開始、総出力10,500kw
    • 十和田…1943年(昭和18年)12月運転開始、総出力31,100kw
    • 大池第二…1956年(昭和31年)3月運転開始、総出力10,000kw
    • 岩木川第一…1960年(昭和35年)4月運転開始、総出力11,000kw
    • 浅瀬石川…1988年(昭和63年)6月運転開始、総出力17,100kw
  • 火力発電:県内では、八戸市に1箇所立地している。
    • 八戸…1958年(昭和33年)6月運転開始、総出力250,000kw
  • 風力発電:県内には2008年(平成20年)3月末現在で、10kw以上の出力を持つ風力発電設備が10町村に立地し、県全体で169基・総出力240,475kwとなっており、基数・総出力ともに北海道に次いで全国で2番目の風力発電県となっている。うち、総出力10,000kw以上となっている町村は以下のとおりである。
    • 東通村…1998年(平成10年)4月より順次運転開始、全72基、総出力104,550kw
    • 六ヶ所村…2003年(平成15年)1月より順次運転開始、全44基、総出力65,850kw
    • 野辺地町…1998年(平成10年)1月より順次運転開始、全27基、総出力50,800kw
    • 横浜町…2003年(平成15年)10月より順次運転開始、全6基、総出力10,500kw
  • 太陽光発電:東北電力で、同社の八戸火力発電所構内に1施設計画している。
    • 八戸…平成22年度着工、平成24年度運転開始、総出力約1,500kw(予定)
  • 原子力関連
    • 東通原子力発電所…東北電力と東京電力の2社による。2社の施設が全て完成すると、総出力5,255,000kwとなる予定。
      • 東北電力1号機…2005年(平成17年)12月運転開始、出力1,100,000kw
      • 東京電力1号機…2010年(平成22年)12月着工、2017年(平成29年)3月運転開始、出力1,385,000kw(予定)
      • 東北電力2号機、東京電力2号機の正確な着工時期は未定。
    • 大間原子力発電所…2008年(平成20年)5月着工、2014年(平成26年)11月運転開始、出力1,383,000kw(予定)
    • 核燃料サイクル施設…六ヶ所村に建設されている施設群の総称。
    • 国際熱核融合実験炉(ITER)…本体はフランス=カダラッシュに建設されるが、関連施設(幅広いアプローチ)が六ヶ所村に立地。
    • 原子力関連年表
      • 1967年9月 大湊港を原子力船の母港に決定。
      • 1969年4月 原子力船の船名を「むつ」に決定。
      • 1970年6月 東北電力及び東京電力の2社による東通村への原子力発電所立地を発表。
      • 1970年7月 「むつ」が大湊港に入港。入港時は原子炉は搭載されておらず、入港後大湊港内で艤装された。
      • 1974年8月 「むつ」が大湊港を出港。陸奥湾内での原子炉運転に対する湾内漁民の猛抗議(約100隻の漁船による「むつ」出港阻止の実力行使)のため、25日出港が26日未明にずれ込む。
      • 1982年8月 大湊港に替わり、むつ市関根浜地区に「むつ」の新定係港(関根浜港)建設が決定。
      • 1983年2月 関根浜港着工
      • 1985年4月 核燃料サイクル施設、六ヶ所村に立地決定。
      • 1985年5月 大間町への新型転換炉実証炉建設(大間原子力発電所の立地)決定。
      • 1988年1月 関根浜港の係留施設が完成。「むつ」入港。
      • 1988年10月 核燃料サイクル施設のうち、ウラン濃縮工場着工
      • 1990年11月 核燃料サイクル施設のうち、低レベル放射性廃棄物埋設センター着工
      • 1992年3月 ウラン濃縮工場操業開始
      • 1992年5月 核燃料サイクル施設のうち、高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センター着工
      • 1992年9月 「むつ」解役工事着手。(原子炉を撤去し、改装のうえ、1996年(平成8年)8月海洋地球研究船みらいとして進水)
      • 1992年12月 低レベル放射性廃棄物埋設センター操業開始
      • 1993年4月 核燃料サイクル施設のうち、核燃料再処理工場着工
      • 1995年4月 高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センター操業開始。
      • 1995年8月 大間原子力発電所について、新型転換炉実証炉からMOX燃料による改良型沸騰水型軽水炉に転換。
      • 1998年12月 東通原子力発電所(東北電力1号機)着工
      • 2002年6月 ITER政府間協議において、建設予定地として六ヶ所村を提案。
      • 2005年6月 ITER閣僚級会合において、ITER本体の建設地がフランス国内に決定。六ヶ所村は落選。
      • 2005年10月 使用済み核燃料中間貯蔵施設、むつ市に立地決定。
      • 2005年12月 東通原子力発電所(東北電力1号機)運転開始。
      • 2006年11月 ITERプロジェクトの「幅広いアプローチ(BA)」施設が六ヶ所村に立地決定。
      • 2007年7月 BA施設である国際核融合エネルギー研究センターが開所。
      • 2008年5月 大間原子力発電所着工。
      • 2008年5月 国際核融合エネルギー研究センター研究棟着工。
      • 2009年4月 国際核融合エネルギー研究センター管理研究棟完成。

上場企業のみ記載した。

  • 芥川賞第44回 三浦哲郎「忍ぶ川」
  • 直木賞第23回 今日出海「天皇の帽子」
  • 直木賞第35回 今 官一「壁の花」
  • 直木賞第36回 今 東光「お吟さま」
  • 直木賞第61回 佐藤愛子「戦いすんで日が暮れて」
  • 直木賞第69回 長部日出雄「津軽世去れ節」「津軽じょんから節」
東日本旅客鉄道東北新幹線 八戸駅 弘南鉄道・東日本旅客鉄道 弘前駅 津軽鉄道線

2008年11月を以って青函航路、青蘭航路(青森港-室蘭港)、大函航路でフェリーを運航していた東日本フェリーがフェリー事業から撤退。青蘭航路は廃止され、12月から青函航路と大函航路はグループ会社の津軽海峡フェリーが運航を引き継いだ。

青森県の県道一覧」を参照

歴代知事については青森県知事一覧を参照

平成19年度
  • 財政力指数 0.31
    • IIIグループ(財政力指数0.3以上、0.4未満)11自治体中8位
平成18年度
  • 財政力指数 0.29
    • IVグループ(財政力指数0.3未満)10自治体中1位
平成17年度
  • 財政力指数 0.27
    • IVグループ(財政力指数0.3未満)14自治体中5位
平成16年度
  • 財政力指数 0.26
    • IVグループ(財政力指数0.3未満)15自治体中5位

以下の10市8郡22町8村がある。町の読み方はおいらせ町、南部町、階上町が「ちょう」、その他は「まち」である。村は全て「むら」と読む。

市部全国地方公共団体コード順)

郡部

都市雇用圏(10%通勤圏)の変遷

1980年 1990年 1995年 2000年 青森都市圏
33万6677人 青森都市圏
33万2838人 青森都市圏
33万7827人 青森都市圏
34万0558人 八戸都市圏
33万1608人 八戸都市圏
33万2275人 八戸都市圏
33万3129人 八戸都市圏
33万2242人 弘前都市圏
27万8234人 弘前都市圏
27万2460人 弘前都市圏
32万9279人 弘前都市圏
32万6102人 7万7582人 十和田都市圏
9万0255人 五所川原都市圏
10万7301人 五所川原都市圏
11万1232人 むつ都市圏
6万9913人 むつ都市圏
6万7326人 十和田都市圏
9万0696人 十和田都市圏
9万0715人 五所川原都市圏
5万5464人 三沢都市圏
6万1178人 むつ都市圏
7万2995人 むつ都市圏
7万4997人 黒石都市圏
4万0755人 五所川原都市圏
5万2792人 三沢都市圏
6万2783人 三沢都市圏
6万5470人 3万9962人 黒石都市圏
3万9213人 黒石都市圏は弘前都市圏に包含 野辺地都市圏
1万8419人 野辺地は中心性を失って都市圏を形成しなくなる
地域呼称
西部・日本海側の津軽地方と東部・太平洋側の南部地方の二つの地域に大別される[17]ほか、以下のような地域呼称がある。
地域区分図 郡 市 地域呼称 東津軽郡 青森市 東青 津軽 中津軽郡 弘前市 中弘 中弘南黒
(中南) 南津軽郡 黒石市
平川市 南黒 西津軽郡 つがる市 西北五
(西北) 北津軽郡 五所川原市 北五 下北郡 むつ市 下北 二北 南部 上北郡 十和田市
三沢市 上北
(上十三) 三八上北 三戸郡 八戸市 三八
青森県庁による区分
青森県庁では県内を六つの地域に区分し、各地域に総合的な出先機関である地域県民局を設置している[18][19]。面積は平成20年3月末現在[20]、人口は2010年2月1日現在。
名称 位置 所管区域 管内面積 管内人口 東青地域県民局 青森市 青森市、東津軽郡 1477.28km² 327,833人 中南地域県民局 弘前市 弘前市、黒石市、平川市
中津軽郡、南津軽郡 1555.92km² 290,201人 三八地域県民局 八戸市 八戸市、三戸郡 1274.57km² 312,565人 西北地域県民局 五所川原市 五所川原市、つがる市
西津軽郡、北津軽郡 1794.79km² 160,958人 上北地域県民局 十和田市 十和田市、三沢市
上北郡 2089.62km² 209,083人 下北地域県民局 むつ市 むつ市、下北郡 1414.87km² 79,369人
  • 海産物 - 七子八珍
  • 食材 - 津軽味噌-生姜味噌おでん
  • 津軽地方には砂糖を入れた甘口の赤飯があり、コンビニなどで買うこともできる。また、などを入れた甘口の茶碗蒸しも食べられていて、塩味の赤飯や茶碗蒸しを食べ慣れている県民は多くなく、ほとんどの地域で甘口の物を食べている。

詳細は「日本の郷土料理一覧#青森県」を参照

特別史跡
重要伝統的建造物群保存地区
弘前城(重要文化財現存天守
  • 山車祭り・神事

■県庁所在地、■温泉、■名所旧跡等、■山、
  • 津軽太宰治
  • 思ひ出(太宰治)
  • 若い人(石坂洋次郎
  • 青い山脈(石坂洋次郎)
  • 草を刈る娘(石坂洋次郎)
  • わが日わが夢(石坂洋次郎)
  • 八甲田山死の彷徨新田次郎
  • 海峡(井上靖
  • 飢餓海峡水上勉
  • 菜の花の沖<第五巻>(司馬遼太郎
  • 津軽世され節(長部日出雄
  • 津軽じょんから節(長部日出雄)
  • 消えた城塞(長部日出雄)
  • 風雪平野(長部日出雄)
  • 辻音楽師の唄―もう一つの太宰治伝(長部日出雄)
  • 桜桃とキリスト―もう一つの太宰治伝(長部日出雄)
  • 鬼が来た 棟方志功伝(長部日出雄)
  • 白い闇(松本清張
  • おろおろ草紙(三浦哲郎
  • 白夜を旅する人々(三浦哲郎)
  • 百日紅の咲かない夏(三浦哲郎)
  • 拳銃と十五の短篇(三浦哲郎)
  • 野(三浦哲郎)
  • はまなす物語(三浦哲郎)
  • 夜の哀しみ(上)(下)(三浦哲郎)
  • しづ女の生涯(三浦哲郎)
  • おらんだ帽子(三浦哲郎)
  • みちづれ 短篇集モザイク(三浦哲郎)
  • 愁月記(三浦哲郎)
  • 曠野の妻(三浦哲郎)
  • 冬の雁 (三浦哲郎)
  • 宇曽利湖心中 (三浦哲郎)
  • 愛はこんがらがって (みうらじゅん
  • 魚影の群れ (吉村昭
  • ブルー・スノウ (川田拓矢
  • 津軽三味線 (倉光俊夫
  • 晴子情歌 (高村薫
  • 新リア王 (高村薫)
  • 生(田山花袋
  • あん火(佐藤紅緑
  • 父の葬式(葛西善蔵
  • やり・へら・にっこ(安岡章太郎
  • 私の胸には蝮が宿り(長坂秀佳
  • 蒼茫の大地、滅ぶ西村寿行
  • 街道をゆく三、陸奥のみち肥薩のみち(司馬遼太郎)
  • 街道をゆく 、北のまほろば(司馬遼太郎)
※モノローグ部分の方言を間違えている事が指摘されている。
※ただし歌詞中の人々は北海道へと都市部(東京)から帰る途上であり、当歌と青森県の関連は比較的薄い。
  • AMラジオ局
    • NHK青森放送局
    • 青森放送(JRNNRN系列)
    • AFN三沢(米軍三沢基地向けのラジオ放送。周辺地域でも聴くことが出来る。)
※ほか、HBCラジオSTVラジオが県のほとんどの領域で受信可能。岩手放送秋田放送については、各県境沿いのごく一部に限り受信できる。さらに夜間は東北放送ニッポン放送TBSラジオ、遠方では東海ラジオABCラジオラジオ大阪、南西部ではRKBラジオKBCラジオも受信できる。ただし、CBCラジオ朝鮮中央放送(海州局)が停波する23時以降でないと聴取不可。文化放送KBS韓民族放送との混信があり県南東部でないとほぼ聴取不可能である。MBSラジオも混信が深刻であり南部の白神山地に遮られている地域でないと聴取困難である。
※ほか、北海道のAIR-G'NORTH WAVE、函館のFM局(FMいるか)が津軽海峡沿いを中心に受信できる。FM岩手が八戸市・三戸郡及び上北地方の一部で、FM秋田が津軽地方の一部で受信できる。

津軽海峡公海特定海域)であるため、他国の核兵器を搭載した軍艦潜水艦の航行、および、津軽海峡上空の軍用機の通過が可能である。そのため、突発的な戦闘に対する専守防衛には、津軽海峡に面した警備所と、近接する後方基地が必要であり、青森県には海上自衛隊の拠点が置かれている。

また、戦後の冷戦時代には、仮想敵国ソビエト連邦実効支配するサハリン北方四島と近接する北海道に陸上自衛隊の主力拠点が置かれたが、航空基地攻撃に遭わない程度離れた青森県には、支援戦闘機の基地、および航空自衛隊の主力拠点が置かれた。

このような背景から、海・空においては北海道を含めた領域の拠点が青森県に置かれている。

陸に関しては、北海道が奪取された場合を考えての基地配備となっており、本州防衛のための前線基地とされている。そのため、方面総監部(上位の司令部)は、後方の仙台に置かれている。

なお、海上保安庁による沿岸警備に関しては、宮城県塩竈市にある第二管区海上保安本部の管轄となっており、沖合いは、太平洋側が第二管区、日本海側が第九管区(新潟県新潟市)となっている。

陸上自衛隊東北方面隊第9師団
海上自衛隊大湊地方隊
  • 津軽海峡・宗谷海峡と青森県以北の沿岸海域を警備。地方隊(全国5区分)の総監部が大湊むつ市
  • 大湊基地(地方総監部)、函館基地隊、稚内基地分遣隊、余市防備隊、竜飛警備所、松前警備所。

北方領土などの問題で北からの攻撃があった場合、八戸基地に対策指令本部が置かれることになっている。

海上自衛隊(第2航空群
  • 日本最北端に位置する固定翼機の離発着可能な海上自衛隊航空基地。航空群(全国7個)が配属する航空集団の司令部は厚木(綾瀬市)
  • 八戸航空基地(航空群司令部・第2航空隊)
航空自衛隊北部航空方面隊
  • 北海道および北東北3県を警備。方面隊(全国4区分)の司令部が三沢三沢市)。
第5空軍第35戦闘航空団
三沢飛行場に駐屯。

青森県出身の人物一覧」を参照

  • ^ 農林水産省 平成19年度(概算値)、平成18年度(確定値)の都道府県別食料自給率
  • ^ 労働力調査 年平均 都道府県別完全失業率(モデル推計値) 
  • ^ 厚生労働省 平成20年賃金構造基本統計調査(都道府県別速報)統計表1 
  • ^ 地域別最低賃金の全国一覧 
  • ^ 都道府県 地域別有効求人倍率
  • ^ 青森県社会経済白書(平成20年度版)pp.50 図1-1-12県外転出、県内転出の推移
  • ^ 青森県教育委員会 高等学校卒業者の進路状況—平成21年5月1日現在— pp2.表 卒業後の進路状況
  • ^ 専修学校の学生は県内外に分類されていないため、実際には県外に流出する学生数は若干多いことを考慮しなければならない
  • ^ 高校卒業後の県外進学者・就職者の中には住民票を県内に置いたままの可能性があるため県の人口統計の転出者数と異なる。このため、ここではデータに信頼性がある青森県教育委員会の進路状況調査の数値を利用している。
  • ^ 22歳の数値は本県の大学卒業生以外の転出者も含む
  • ^ 青森県企画政策部 平成21年青森県の人口 
  • ^ 青森県総務部財政課予算グループ 青森県の財政事情
  • ^
  • ^
  • ^ [ 転入超過率(降順)の推移(平成17年~平成20年)(エクセル:31KB) ]
  • ^ [都道府県別転出者の主な移動後の住所地(平成20年) ]
  • ^
  • ^
  • ^
  • ^
  • ウィキポータル 日本の都道府県/青森県 青森県に関連するマルチメディアがあります。 ウィキメディア・コモンズには、青森県に関連するおよびがあります。 ウィクショナリーの項目があります。 ウィキクォートに関する引用句集があります。 ウィキニュースにはに関連するニュースのカテゴリがあります。

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